貧乏人とプロの練習

8月のある暑い日のお話。

練習前夜に300発の練習弾をリロード。その日は、スティールチャレンジのスピードオプションを練習予定にしていました。倉庫からターゲットを出して、ゴルフカートに積み込みコース図通りにターゲットを立てる。そして、車からレンジバックを出そうとした時、あることに気付く…。

「スティールガン忘れた!」

いやーこれあるんですよね。苦笑 信じられないですが…。以前にも弾を忘れたりはありましたが、銃はこれで2回目か。まーベルトやホルスターを忘れる人を何度も見たことありますし、人ってそんなもんです。(試合で、ロードアンドメイクレディの時にマガジンを入れ忘れたり、弾を込め忘れることもあります。人って思った以上にバカです。苦笑)

とは言え、態々片道20マイル(約33キロ)を運転してレンジに来たわけですから、何かすることはないかと考えます。すると、隣のベイでチーム・グロックが練習していたことを思い出し、プロである彼らがどんな練習をしているのか、見学に行くことにします。

チーム・グロックのメンバーは、3人。現キャプテンのシェーン・コーリー、チーム一番の古株で日系4世のトリ・ノナカ。そして、僕も仲良しで地元アリゾナ組のミシェル・ヴィスキュウジ。

3人が集まって、合宿のようにトレーニングをアリゾナで行っていたのです。練習目的は、8月の半ばに開催されたUSPSAプロダクション・ナショナルズ。現在のUSPSAは、部門の数が当初よりも大幅に増えたことから年に3種類のナショナルズが開催されるのがここ数年の運営方法。5月にシングルスタック/リボルバー・ナショナルズ。8月にプロダクション/キャリーオプティック・ナショナルズ。そして、10月にオープン/リミテッド・ナショナルズを開催するのです。こうすることで、トータルの参加者を確実に増やそうと言うことなのでしょう。やはりUSPSAは規模が桁違いです。

さて、彼らの練習内容は僕のような貧乏人の練習と比較すると正にプロとアマチュアの違いと言えます。遥々イタリアから専属のコーチを呼び、彼が指示した練習内容を3人はこなしていました。ただ、正直そのイタリア人の彼がコーチとして優秀なのかは、僕には分かりませんでした。と言うのも選手経験なく、現役でもない彼が適切に彼ら3人にコーチを出来ているとは余り思えなかったからです。

コーチとは、各選手にとって必要なものが何なのかを見極め、場合によってはその人の性格を見て掛ける言葉を変えたりするくらいの事が要求されるものです。まあ、彼がコーチとして優秀かは置いておきましょう。ココで僕が言いたいのは、グロックは態々外部からコーチを招いてチーム・メンバーに練習をさせていると言う事実です。当然、コーチはボランティアではなく雇われているのです。

キャプテンのシェーンに色々と聞くと、午前中と午後の2つのセッションで練習を約2週間行っていると言うことです。午前中は、屋外のレンジであるリオ・サラドで撃ち、午後は夕方からインドア・レンジを貸し切って練習。日によっては、その2つのセッションの間にジムへ行ってトレーニングをするそうです。

1日に撃つ弾数は1500発前後。何だ、そんなもんか。と思う方もいるかもしれませんが、日本においてエアソフトで練習する感覚と比較した場合、大抵はスティールチャレンジの練習になるでしょう。確かに実銃であってもスティールチャレンジの練習で1500発を撃つことは時間的、体力的にもそこまでハードな内容にはなりません。ところが、これがペーパー・ターゲット(ダンボール製のターゲット)を使用したUSPSA(IPSC)を想定した練習内容となると話は違います。走り回ったり、リロード、ダッシュしたりなど、ペーパー・ターゲットを使用した練習で1500発となると、時間的にも体力的にもかなりハードな内容になります。特にアリゾナは、暑い!8月であれば、午前中でも40度前後の気温。そして、ペーパー・ターゲットは、撃つと当然ながら穴が開きますから、それをテープで塞ぐ時間も意外と掛るのです。スティール・ターゲットの場合、試合でも無い限りはターゲットのペイントは基本的に行うことはありませんから、練習の効率が良いのです。時間的なもので言うと、スティールチャレンジの練習で1500発を消費するのに2時間は掛らないでしょう。ところがこれがペーパー・ターゲットを使用したものになれば、4時間は軽く掛ると思います。勿論、これは練習内容や練習する人数によって変わりますが、USPSAを想定した練習内容で1500発はかなり時間が掛ると考えて貰えれば分かり易いです。

何より、僕がビビったのは、練習時間や内容ではなく、彼らの練習に掛るコストです。現在、9mmは50発で$15前後。僕のように自分でリロードをすれば、コストは抑えられますが、それでもエアガンとは比べ物になりません。そもそもチーム・グロックが練習で消費する弾は、リロード弾ではなく試合でも使えるクオリティを誇る新品です。寧ろ競技用に弾を作る専門の業者がリロードしたものですから、その辺のファクトリー製よりも高価な弾です。彼らはそれを練習で1日1500発消費するのです。その金額、約$500。これを10日間練習したとすれば、15000発で$5000。つまり、日本円にして約50万円が弾代だけに掛っているのです。それも数か月ではなく、10日間で全てを撃ってしまうのです。

僕は300発をリロードして、それでたった1ステージを練習する為にだけにレンジに来ました。(銃を忘れたけどね…笑)

一方、それに対して、プロであるチーム・グロックは、僕の5倍の弾数を撃つ為にレンジに来ていたのです。僕は一部でスポンサーのサポートを受けている為に完全なアマチュアシューターとは言えなくなってきました。しかし、それでもとても同じ弾数を撃っての練習は出来ません。

アメリカにきて丸6年が経とうとする僕が感じているプロとセミプロ/アマチュアとの大きな差がココなのです。

アメリカや世界の中心や基準である競技は、USPSA/IPSC。

ここで主に使用されるメジャーロードの銃は、消耗品と言うことも僕のような貧乏人には非常に辛い現実です。アマチュアとプロの差がココでも大きく出てきます。

今年2016年で6回目の挑戦を終えたUSPSAナショナルズ。

1年目は、Bクラスの右も左も分からないままスティールチャレンジの後に今後の為の勉強と、ただ単に出場。結果は、Bクラス2位?で70%。この時の失敗にC-moreのモジュールを試合直前で交換し、着弾は余り変わらないだろうとゼロインをキッチリ確認しなかったと言うのがあった…こう言った知識不足も当時はBクラスだったな…。

2年目は、GMになっての挑戦。しかし、試合ではターゲットを撃ち忘れる、狙っているのに当たらない…と言う訳の分からない状態に…バレルが死んだのか?と色々な考えが頭を巡る。結局、試合最終日が終わって、ホテルで友人がC-moreの故障を発見!当たらない原因はC-more。惨憺たる成績で終了。

3年目は、試合直前にトラブルが発生する。出発3日前にスライドにクラックを発見。試合を撃っている間もクラックは広がり、メンタル面にも影響したのか、遠距離のターゲットに全く当たらず、この年も撃沈。悲惨な成績を残す。

4年目は、試合の2ヵ月前に、2代目のトップエンド(スライド、バレル、コンプ)を組んだM2iカスタムのスライドにまたしてもクラックが入る。これで試合参加は絶望かと思われたが、ジョニーのスポンサーシップが始まり、リムキャットのユニフォームを着て試合へ参加。結果は、79%で28位。ここに来て初めてマトモな数字が出る。しかし、この時も試合中にRTS2のダットが消し飛び1ステージで10秒近くタイムを落とす。

5年目は、試合1か月前にまたまたメインガンのリムキャットのスライドにクラックが入る…。何かの呪いか??試合出発の数日前に修理が完了し、慣れないトップエンドで試合参加。この年は78%の25位で終了。初めて試合中にノーガントラブルで終了。

そして6年目の今年。試合の2週間前に新しいトップエンドを組んだメインガンが戻ってくる。スライドにクラックが入ったわけでは無かったが、バレルがダメになってジョニーに送り返したところ、トップエンド全体が新品になった。今までで一番の撃ち味になったメインガンで試合を撃ち、ハリケーンが来るなど例によって何かしらのトラブルはあったものの、6回目にして初めて試合前、試合中にガントラブル無しで終了。84%の21位。

これがメジャーアンモを撃つUSPSAに本気で取り組むと誰もが経験するであろう過酷な現実なのです。日本から参加の平野哲也選手、そしてマイナーアンモを撃つスティールチャレンジに挑戦を続ける島田士郎選手でさえも銃に関して様々なトラブルを経験してきました。

シーズンがほぼ終了した今年2016年。今までの自分とは違う新しいスタイルで挑んだ年でした。野球の野村監督のID野球にヒント得て、リザルトからデーター分析を取り入れるなど、「弱者の戦略」として、今年は新しいことを積極的に行いました。結果、データー分析を元に最も効率的で無駄のない練習、考え方を取り入れ、USPSAナショナルズでは成績をアップさせることに成功。しかし、今の生活環境では、USPSAナショナルズではトップ10前後か90%前後、スティールチャレンジでは、3強の次の4位、タイムは78秒前後が限界でしょう。今でも諦めていない「優勝」には、これでは届きません。スティールチャレンジ、USPSAナショナルズ…そこで、「上位」ではなく、「優勝」に絡む為には、彼らと同じ土俵に上がるしか道がないことを本当に思い知らされた1年でした。

10年前なら日本から通いであったとしても、現地で練習環境や試合に通用する道具を用意できるコネクションがあれば、スティールチャレンジなら優勝が出来ました。でも、今はそれがほぼ不可能に近い時代となってしまいました。どのマッチのリザルトを見ても優勝者は同じ面々。アメリカ人シューター達の間でもプロ、セミプロ、アマチュアの差はドンドン広がっています。往年のトップシューター達でさえも今では、マックスやKC、JJと言ったフィジカル面、メンタル面など他のスポーツのアスリートと同じトレーニングを積む現役のトップ・プロシューター達との真正面からの勝負を避けています。

ベテランである往年シューター達は、確かに老いました。彼らが若手に体力的に勝てないと言うのは確かにあるでしょう。しかし、現実は、このスポーツがお遊びや趣味の延長ではなくなったのだと思います。このスポーツをどういう形であれ、「仕事」にしているアスリートたちが上位に入賞する他のスポーツと何も変わらない「真のスポーツ」になったのが実際の所だと考えています。

「上位」に入賞したいなら、特に今までと違うことをやる必要はない。

でも、「優勝」に絡みたいなら、彼らと同じ土俵に上がることが絶対条件と言わざる得ない時代。これがアメリカでプロ相手に戦うと直面する現実です。これからが本当の勝負の始まりなのです。